おブスな私にならないために…9
第二次大戦末期のハンガリーで、母は父と生き別れになり、ひとりぽっちで私を産みました。
父とはその後、八年間も会えなかったのです。
金持ちも、貧しい人もみんな食べ物に飢えていた時代です。
母はドレスや宝石を食べ物に替え、私を育ててくれました。
しかし、病弱の母はやがて倒れてしまい、家事いっさいを六歳の私がやらなければならなくなったのです。
私は小さいながらも必死で看病し、見よう見まねで覚えた料理をつくって、母を喜ぽせようとしました。
これがのちに、十八歳でお料理研究家として自立する私の「料理」とのつき合いの始まりです。
戦争が終わって父との再会後、私たちは父について世界各地をまわりました。
このおかげで私は「風土」と食べものの関係の重要さを、身をもって知ることができました。
そして気づいたのです。
「すべての健康と美しさの元は、風土に合ったFOODである」と。
世界に通用するには、ほくろ 除去も必要になってきます。